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高輪築堤

2021年05月24日 スタッフブログ, 新着情報

以前ブログでもご紹介しました高輪ゲートウェイ駅についてですが、我が家から見える駅周辺の景色が一向に変化がなく、再開発するという話しだったのに全然ビルが建ってこないし、計画は進んでいるのかあと感じていたところ、自宅に区議会議員の方の広報がポスティングされていてそこに真相が掲載されていました。実はすごい大発見が起こっていたようなのです。

日本初の鉄道は、1872年(明治5年)に新橋~横浜間に開業しました。高輪付近は薩摩藩邸があり用地提供を拒まれたため、海上に堤防を築き線路を作り走らせることになりました。    これが高輪築堤と呼ばれ歌川広重(三代)の浮世絵「東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図」に描かれています。

                        (国会図書館デジタルコレクションからお借りしました)                      

なんとその遺構が高輪築堤が高輪ゲートウェイ駅周辺から発見されたということなのです。  発見された写真を見ると、浮世絵のままの姿で本当にそこにあったのだなと感動しますね。

                               (JR東日本よりお借りしました)                                      明治5年に日本に初めて鉄道が開通しましたが、5年前までは江戸時代です。         全国から参勤交代でやってくる手段は徒歩ですよ徒歩、よくて馬ですが基本は徒歩です。   数年前までほとんどの日本人が見たこともない電車の線路を、5年後に人力で海の上に作って走らせてしまう日本人の技術力は凄すぎませんか?
その後高輪築堤は、明治から昭和にかけて周辺が埋め立てられてしまい、詳細はわからなくなってしまっていたようです。                                それにしても、これから電車をたくさん走らせ埋め立て地を拡張するからって、今までのものは埋めちゃえってかなり乱暴な開発だったのですね。そのころは歴史的価値感などは存在しなかったのでしょうね。これから新しく色々開発して発展するのだから、もう古いものは埋めてしまえという感じでしょうか。


100年以上も山手線・京浜東北線の線路の下に高輪築堤が眠っていたので、この遺構を発掘するために高輪ゲートウェイ駅周辺の再開発はさせられたのかな。                 保存をするか、それとも埋め戻して再開発するかでだいぶ議論があったようですが、いつまでも再開発を止めるわけにもいかないので、結局は一部現地保存、あとは移築して記録保存となったようです。歴史好き女子としてはなんとしても全容を保存してほしかった。。。           5代くらい前のご先祖様たちが一生懸命、日本の文明開化のために作ってくれたものなので、後世に完全な形で残して欲しかったです。                      

世界遺産ともなれば観光地としても賑わったと思いますけどね。                           国立西洋美術館についで、東京の世界遺産なんてとても貴重だったのではないでしょうか。

現在の高輪ゲートウェイ駅周辺

 

東京営業所:吉岡

 

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